薄紅に染まる 激務に忙殺される中、久しぶりに重なった休み。 改めて約束などせずとも同じ時を過ごすのだと自然に思っていた。 だが、狙いは伊東の姦計に呆気なく崩れた。 お偉方への挨拶回り、その道中の伴を請けた斎藤が帰隊したのは東の空が白々と明ける刻限。 朝靄に身を隠すように屯所の門を潜る黒衣には平素通り寸分の乱れもないのに対し、 僅かに気懈さを含んだ目許が昨晩の次第を知らしめる様で腹底深く扱い切れぬ熱が滾った。 自室で組長からの報告を聞く。いつもと同じ朝。 伊東の動向を仔細に語る斎藤の声を聞き流す。 あの小賢しい蛇が易々と尾を出すとも思えぬ。 それよりも目前の問題を片付けなければ―・・・ 昨夜の宴席は既に行着けとなった高楼で開かれた。 そこには斎藤の馴染みの妓がいる。 気に入りの女と一夜を共にして何も起こらぬ筈がない。 斎藤も男だ。そんなことは俺が一番知っている。 「具合はどうだった。」 尚も続く報告を遮り問えば当惑に顰められる形美い柳眉。 斎藤にとっては脈絡のない問い、しかも主語の抜けたものではそれも当然。 あの妓・・・名はなんといったか。 姿形の美しさも然ることながら涼やかな中に芯の強さを窺わせる声が印象に残っている。 仄めかしてやれば得心いったというように、あれのことですか。と頷くのさえ気に入らぬ。 「顔を会わせるのも随分と久しぶりでしたから・・・互いに積る話もありました。」 衒いもなく言ってのける斎藤に込上げる怒りをおくびにも出さぬのは詰らぬ意地だ。 「悦い女なんだろうな。」 「そうですね。俺の相手には勿体無いほどの好い妓ですよ。」 噛み合わぬ会話。 はぐらかす斎藤に焦れて無理矢理引き倒す。 衿を掴み暴いた胸板に昨夜の名残はない。 只、数多の剣禍を潜った傷跡が薄らと残るのみ。 当然だ。花町の女は客に痕など残さない。 かわりに焚き染めた香で己の存在を示すのだ。 清楚な花の移り香が斎藤の胸から淡く漂うのに怒りと共に僅かな興奮を覚える。 自分の下で啼き乱れる男が如何様に女と交わるのか・・・。 「なぁ、どんなふうに抱いたんだ。」 言外に同じように抱いてやると告げれば咽喉を震わせて斎藤は哂った。 「いつもあんたがするように。」 幾度の果てを迎えたか。 組敷いた斎藤は無惨と評せる程の姿態を晒していた。 元結を解かれた髪は乱れ散り、帯に蟠った黒単衣が腰周りを隠すも 障子越しに射し入る朝日は鮮明に裸身を映し出す。 朱に染まる肌に刻まれた紅痕。 爪を立て、歯を立て、欲情の儘に吸った痕が首筋から背に散らばるのとは別に 腕や肢に残ったのは畳に擦った痕だろう。 だが、痛ましいその姿に湧くのは罪悪感だけではない。 寧ろこの男に対する所有欲とも征服欲ともつかぬ仄暗い想いが胸裡を満たすのに 呼応するように下肢に再び熱が点る。 まだ足りない。こんなものでは満たされぬ。 「もう無理ですよ。」 再び身を沈めようとした矢先に掛けられた声。 掠れた吐息混じりのそれは、しかしはっきりと耳に届いた。 「そろそろ山崎君が今日の用件を訊きに来る頃でしょう。 こんなところを見られたら切腹ものです。」 冗談ともつかぬ口調でそんな事を言いながら懐紙で身体に散った白濁を拭う。 単衣に袖を通す面は既に有能な三番隊長のそれで、 自分一人が翻弄されているのだと思い知る。 「・・・なんて顔をしてるんですか。」 呆れを含んだ声色に顔を背ける。妬心に狂う鬼など醜態以外の何物でもない。 返す言葉もなく口を閉ざせば、ふ、と吐息に似た微笑いが斎藤の口から零れた。 「似合わぬことをするからそんな目に遭うんですよ。」 腕をひかれ胸元へと誘い込まれる。 後頭を撫でる手は子供をあやす慈母のようで少々癪に障るが、 与えられる温もりにおとなしく懐中に納まれば頭上から穏やかな声が降る。 「あんたの元で剣を振ると決めた時から俺の命はあんたのものだ。」 それでもまだご不興か。 言葉の端に揶揄を利かせながらも見上げた瞳は真摯な色を湛えている。 その色に為す術もなく溺れ縋りつくよう抱きしめる。 わかっているくせに。 俺が欲しいのはお前の命でも、況してや躯でもない。 お前の心が欲しいのだ。 死ぬほど。いや、殺してしまいそうなほど・・・ 「一」 最早、声にもならぬ想いを名に篭める。痩躯が震えた。 日頃の情薄い面は今や露ほどもなく溢れた情が零れ落ちんばかりの目許を指先で拭う。 「・・・・・・あんたって人は本当に・・・」 ────狡い男だ。 甘く切なく詰る睦言に溺れる俺はやはり愚かか。 ※無断複製・転載その他一切を禁止します。 作者:夏月さま |