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WORDS

A delusion sentence.

化け猫遊び(土方×斎藤←沖田)


空気が揺らいでいる。そう思い、眠りの狭間を揺蕩う気を引き上げた。
目を開けずともわかる些か冷たい空気はまだ夜深い事を感じさせる。暗闇に満ちた部屋には自分独り。頭上には確りと置かれた刀。いざとなればそれを神業の如く抜き放つ事も厭わない。
だが、身体は指一本動かす事無く、瞬きすらする事も無くそこで黙ったままだった。
ゆるりと廊下を進む気配。足音は、無い。『それ』は障子に手を掛けると音も無く引き、そして閉めた。部屋にある自分以外の気配。『それ』はそんな部屋の様子に構う事無く、少しだけ離れた布団の上に身を落ち着けた。一切の音を消す癖に、気配は消そうともしない『それ』に心がざわつく。

「(ようやくお帰りか)」
言葉を交わす訳でもなく、傍から見れば眠ったままの姿でも、眠っていない事は悟られているだろうと思う。それでも尚、身体中に纏う常の状態ではない気配を消さないのは、軽く見られているのか―それとも、構わないと思っているのか。動く度に揺れる空気で婀娜めいた『それ』が見える様だと思う。中てられたかと言えば否とは言えない。普段とは違い過ぎるその様を、一度この目で見てみたいとは思う。だが。
「(…この性悪)」
気紛れ。そう言ってしまうには簡単過ぎるが、要は遊ばれている様なものなのだ。色濃く残した情交の空気を纏ったまま部屋へと帰ってくる此奴も、そんな状態で部屋へと帰すあの人も性悪なのだ。あの悔しい位に勘がいいあの人が、他人の気持ちの揺らぎを感付いていない訳がないのに。
「(先に見つけたのは僕だったのに)」
初めて会った時、捨て猫の様だと思った。いつも何かを不安がっている様な、それでいて周り全てを拒絶する様なその瞳に魅せられた。鋭い牙と爪を持ち、自らを傷付けながら暖かさから逃げる姿に、追い掛けたくなる衝動が込み上げた。――欲しい、と思った。
「(その時は何もしないで、後ろから見てるだけだった癖に)」
数年後、再び出会った猫は、立派な野良猫となっていた。鋭い牙と爪は、より鋭利に。荒んだ空気と解かれる事のない警戒が、自分を拒絶していた。何があったなんて聞く気もない。聞くだけ野暮だと思った。それでも変わる事のない瞳に、やはり此奴しかいないと思った。その瞳に自分だけが映る事を考えただけで、身体が猛った。それなのに。

「…総司」
知らず口唇を噛み締めていた自分へと、妙に気怠い声が降った。途端に背筋を駆け上がる何かに、全身が総毛立った。口から零れそうな吐息を押し込める。返事はしない。返事なんか、するものか。背後の微かな衣擦れの音を何処か遠くで聞きながら、目を固く瞑った。頬を掠める滑らかな感触に真か幻か曖昧になる。
「(…一くん、離れて。お願いだから)」

「お前も早く、俺と遊んでくれ」
切なげに囁かれたその言葉は、泡沫の如く部屋に溶けて、消えた。


2010/03/05 皆川(若干三つ巴的な感じで土方酷ス…。15000Hitお題文。有難うございました!)