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WORDS

A delusion sentence.

美味礼賛(土方×斎藤)


「…静かだ…」
ぽつりと口から零れたのは、満足げな吐息。微かに口角を上げた斎藤は、空を見上げていた。縁側で綺麗に晴れ渡った夜空を肴に楽しむ酒。少し肌寒い空気も気にならない程の至福の時である。しかも普段飲まない様な銘酒とくれば、尚の事。幸いにも明日の巡察は夜であるし、ゆっくりとこの時間を楽しもうと斎藤は思っていた。―思って、いた。
「…静かなのは当たり前だろう。こんな夜更けに騒ぐ奴が居たら俺が思いっきりぶん殴ってやる…」
斎藤がちらりと横を見れば、そこには完全に出来上がってしまっている鬼の姿。目が据わり、顔も若干赤らめて意味のわからない言葉を時折呟く新選組副長がいる。斎藤の言葉に反応している事から、正気は僅かながらに残っているらしいが、それも直に危ういだろう。
「ぶん殴って蹴っ飛ばして…」
にたあ、と気味の悪い笑顔を見せた副長―土方に、斎藤は小さく溜息をついた。この事態は酒を飲む前から予想出来た事だからだ。全く裏切らないこの展開に、込み上げたのはやっぱりかと言う気持ち、そして少し擽ったい様な何とも形容し難い気持ちだった。
元々、酒に余り強くない―と言うか下戸な土方は、新選組が大きくなるにつれて、極端に酒の量を減らした。飲まなくて済むのなら、宴会の席ですら口八丁で煙に巻く事もある位だ。それは、人前で醜態を晒す事を極力避ける為、新選組の副長としての土方の意地でもあった。
「…酒入ってねーじゃねぇか…」
自分の猪口に酒を注ごうとして、縁側の板に徳利を傾ける姿は、お世辞でも格好が良いとは言えない。特に見目をやたら気にするこの人にとって、この状態は醜態とも言える姿だ。でも、だからこそ、自分の前で見せるこの姿に、斎藤は自分は許されているのだなと感じてしまう。けれど。
「…副長、もうそろそろお休みになられた方が…」
縁側へと派手に撒かれた酒が勿体無くて堪らない。この酒は土方が誰だかから貰ったものだと言っていた。だから、土方の自由にすればいいと思うけれど、やはり勿体無いものは勿体無い。しかも銘酒なのだ。旨い酒なのだ。酒と刀に目が無い斎藤にとって、我慢のならない事である。
「何だ?お前、独り占めしようってのか」
「…板に飲ませるくらいなら、私が全部頂きたいです」
「そんなにこの酒は旨いか?」
まるで喧嘩を売る様な目付きでそう言われて、斎藤は困った顔をしてみせる。土方は相当酔いが回っている様だ。気を張らない普通の姿を見せてくれるのは嬉しいけれど、それとこれとは別の話にもなってくる。酔えば酔うほど絡んでくる土方を見ていると、酔ったらすぐ寝てしまう永倉が可愛く思えてくる気がした。
「…アンタは味もわからないで飲むんですか」
「あー…?」
返答も危うくなった土方に、斎藤は顔を引き攣らせた。前後不覚になるほどに酔った事が無い―と自分では思っている―斎藤は、まだまだ素面だ。だからもう暫くこの酒をこの景色で楽しみたいと思っている。しかし、それはどうやらこの絡み酒絶好調の男を休ませないといけないらしい。斎藤は、一つ溜息をつく。何だか部屋まで送るのも面倒になって、ぶっきらぼうに言葉を投げた。
「副長の部屋はすぐ後ろなんですから、出来ればご自分で―」
その言葉が言い終える前に、熱を持った何かが斎藤の口唇を掠める。それが口唇だと認識する前に、斎藤の手に持っていた猪口がカラン、と縁側へと落ちた。至近距離にある紫の瞳が愉悦に細まる。
「俺は、美味いモンしか口にしないの知ってるだろう?」

よろよろと自室へと戻っていく土方を振り返る事も出来ずに、斎藤はその場で自分の猪口から零れた酒を見つめていた。
顔が熱くなったのは、きっと酔いが回ったせいだと思いたかった。

2010/04/15 皆川(まとまりない感じで申し訳ない…土斎で酒ってこれくらいしか浮かばなかった…)
4サイト合同企画:春の陣、お題は「酒」でお送り致しました。タイトルは雰囲気で!笑。
参加者は 廻還 / FADED WORD / いつかはあれになりたい のお三方+私ですた。