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WORDS

A delusion sentence.

サイレントナイト(土方←斎藤←沖田)


「はじめくん。今日の夜、部屋に来て欲しいんだけど」

伝いたい事があるんだ。そう言った沖田は、食事をする気もないらしい。手付かずのままの自らの膳を目の前に立っている。真剣な眼差しで言われた言葉に、斎藤はピクリと眉が痙攣したのを自覚した。嫌な予感がじわりと浮かび、反射的に見上げたままだった沖田の顔から視線を逸らす。その予感は恐らく、きっと的中するのだろう。斎藤の視線が食べ終わった自分の膳から、置いたままの飲みかけの湯飲みへと移る。必要以上に注意して持ち上げた湯飲みがカタリ、と珍しく小さく音を立てた。
「……」
斎藤は何も言わない。出てきそうで出てこない言葉を押し込むかの様に、お茶を口に含む。恐らく沖田はその姿をじっと見ているのだろう。隣でけたたましく食事をしていた永倉が何事かを沖田に話している声が聞こえた。無駄だ新八。総司は今それどころではないだろう。米粒を飛ばす永倉にちらり、と咎めを含めて視線でもくれてやろうとも思ったが、斎藤の目は思いに反して動く事がなかった。
「…」
立ち上がり、視線もくれずに斎藤はくるりと永倉に―正しくは目の前の沖田に―背を向けた。大広間の障子を開き、足を踏み出す。今までも繰り返して来たその動作が少しでも自然な事をふいに願ってしまう。些か早足で―しかも会話を無視すると言う斎藤らしからぬ態度で―去っていく斎藤に永倉が名を呼んだが、今だけは振り返る事が出来ない。出来なかったのだ。

「待ってるから」

大広間の中にいる沖田の存在が見えなくなる直前、声がした。聞き間違い様のない、沖田のよく通る声だった。真摯な声に滅多な事では心底揺れる事のない斎藤の何かはさざ波を立てる。そんな自分に酷く苛立ち、斎藤は思わずきつく目を閉じた。そんな言葉など聞きたくない。そんな声など出さないで欲しい。許されるならば、両の手で耳を塞いでしまいたかった。

背後では賑やかな雑談の音がする。
斎藤は振り切る様に結い髪を揺らし、廊下の角を曲がったのだった。

***

夕餉を終えてからは、これと言ってやる事は少ない。自室へと引っ込んだ後、斎藤は日課である刀の手入れを行った。そのあとは酒でも飲むかと思ったが、それを思い止まる。そして、読みかけの書物の存在を思い出し、戸棚に手をかける―が、その小さな戸は開かれる事がなかった。

『待ってるから』

頭の中で繰り返される沖田の言葉。わざわざ自分を部屋へと呼び出し、伝える事。斎藤はそれが何であるかの予想がついていた。時折感じる沖田の視線の意味。自分とは別の意味で、他人に覗かせる事のない沖田の内側からの想い。ちりちりと焼け付くそれは、小さいながらも劣情と言うべきものだ。斎藤は戸にかけたままの手をだらりと下に下げた。何も無い空間を見、溜息をつく。
「…」
部屋へと行けば、恐らく想いを告げられるのだろうと思う。言葉はどうであれ、恋慕の様な―もしくはそれに限りなく近い―想いを、あの澄んだ声で紡ぐのだろう。そして、それを自分はこの耳で聞く。聞いて、考えなければならなくなる。でも。
「…アンタは馬鹿だ」
自分にそんな想いを抱くだなんて。斎藤は思った。沖田の想いを受け入れても受け入れなくても、斎藤は沖田の想いを傷付ける事になる。斎藤の心は一人のものであり、そしてその一人の背中しか見ていないからだ。それを理解した上で、沖田が斎藤の事を想っているなら尚更の事。斎藤は沖田を受け入れる事が出来ない。かと言って、受け入れないと言い放つ事も出来ない。ならば、聞かない事にするしかないのだ。

部屋へは、行けない。
総司の想いを聞く事は、出来ない。
斎藤の足は畳に縫い付けられたかの様に動く事は無い。無情にも暮れて行く夜の気配を背中に感じながらも、斎藤は動く事が出来なかった。


2011/01/04 皆川(20000Hitリクエスト文「土斎←沖or崎」ですが…斎藤が思いの他酷い人にw)