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WORDS

A delusion sentence.

蜜(土方→←斎藤前提山崎×斎藤 / R-15)0718無料配布済


もっと深く求められたいのだと、彼は言った。
もっと奥まで暴きたいのだと、自分は言った。

利害の一致。
『あの人』に告げる事の出来ない臆病な自分達の逃げ場。
互いに身体を差し出す事で得られる擬似的な満足感。

しかし、自分はそうじゃなかった。奥まで暴きたいのは『あの人』じゃなかった。
そんな事を彼が知る訳もなく。

『暗黙の掟――言葉を交わしてはならない』

皆が寝静まる夜更けに、目的の部屋の扉を開く。音も立てずに開かれたそれの向こうには、寝着を纏った背中がある。振り向かないのは、訪れたのが誰であるかわかっているからで、そんな事に少しだけ男は嬉しくなった。
未だに振り向かない彼―斎藤に許されていると言う期待をしてしまうからだ。背後から忍べば問答無用で切りかかってきてもおかしくない斎藤が、背中を見せている事実。思わず声をかけようとして、男―山崎は咄嗟に口を閉じた。
『言葉をかわしてはならない』
はっきりとそう告げた訳ではない。ましてやそう決めた訳でもない。しかし、必然的にそうなるのは当たり前の事で、これからも今の関係を続けたいのならば必要な掟だった。
夜を共にする時に、山崎は斎藤の名を呼んだ事が無い。それは斎藤も同じで、山崎の名を呼んだ事はなかった。何故なら、斎藤を抱いているのは山崎ではなく『あの人』で、山崎が抱くのは斎藤ではない『あの人』であるからだ。『あの人』に求められたい斎藤と、『あの人』を暴きたい山崎。実際出来もしない事を互いにぶつける事で、発散させ昇華しようとした事が始まりだった。斎藤の目を布で覆い、髪を解いて組み敷いて。そこから始まるのは一夜の夢。着物を剥いで秘められた奥を暴いて熱を押し込んで。まるで本当に”そう”であるかのように高まり果てる。今まで幾度と無く繰り返してきた出来事。

しかし、山崎は斎藤に一つだけ告げていない事があった。正しくは”告げていない”のではなく、”告げる気はない”事。

今夜も髪を解いた斎藤の背後から、布地を回して目を覆う。後頭部で結ばれた布地から髪の毛を辿り、首から肩へと手を滑らせる。さらりと逃げる髪は少し癖のある―あの人とは違う髪。
「(…少し、痩せたか…?)」
刀を振るうものとしては些か頼りない身体を後ろから抱き込んで、鼻先で髪を掻き分けうなじに口唇を寄せる。前に回した手は無防備な袷から忍び込ませた。撫でる肌のさらりとした感触に湯汲みを済ませてきた事が知れ、いじらしさと一抹の滑稽さを軽い眩暈と共に覚える。
いくら自分に言い聞かせ、思い込んでも山崎はあの人ではないし、斎藤だってあの人ではない。充分わかっているだろうに、それでもこうやって身を清め待つのは、生来の生真面目さや潔癖さ故か―
「(何を思いながら湯汲みをしてるんだろうな…)」
隅々まで、秘められた場所まで全て清めた身体はさらりとして、そして若さ故かきめ細かく、山崎はその肌に夢中になる。女の様だとは決して言わないが、愛でられるために、そして愛でられる事に慣れた夜の斎藤は酷く扇情的だった。それはいっそ健気で、憐れな程だ。決して叶う事のない望み、そのために熟れた身体。
あの人は知る事がないのだろう。自分を想って、斎藤がこんなにも溶けている事を。
「…っ」
身体を覆う寝着をゆるりと肩から落とせば、斎藤が小さく息を呑んだ。わざと熱を孕んだ吐息をうなじから傷一つない背中へと落とすと、感じ入った様に斎藤の背中が弓なりに反り返る。たったそれだけの事なのに、山崎は自分の下帯がじっとりと湿りを帯びていくのを感じた。
「(堪らない)」
斎藤は女ではないが、その辺の女より男を煽る事に長けている。それは元々その様な素質があったのかもしれない。だが、教え込んだのは紛れもない山崎だ。錯覚させ、刷り込んで、正に身に叩き込んだ。時間をかけてゆっくりと丁寧に身体へ覚え込ませた。今や夜の斎藤は無意識ながらに何気ない仕草で男を煽る。それは、宛ら遊女の様だ。
「ん……ぁ…」
背中に舌を這わせ、前に回した右手で斎藤の裾を乱す。遣りやすい様にと体勢を横に崩した斎藤を追い掛ける様にのしかかり、空いてる左手で足を開かせた。しっとりと熱を帯びた太腿を、足の付け根を焦らす様に撫でる。その度に小さく跳ねる身体が愛おしい。
普段の素っ気無い態度や言動からは想像すら出来ない痴態。その違いの差も拍車をかけ、こんな斎藤が縋れば男なら理性とやらが揺らぐだろう。長い髪の毛に隠れてはいるが、顔だって悪くはない。か細く零れる吐息に、撓る身体。目を覆う布地の下、いつも冷たく研ぎ澄まされた青い目さえも、恐らくぐずぐずに溶けているのだろう。
「(こんなの見せられたら、落ちない男はいない)」

それが例え『あの人』でも。

「…っあ!」
ゆっくりと太腿を撫でていた手で、下帯の上から容赦無く熱に触れる。先程より跳ねる身体を力任せに抱き込んで、山崎は熱を揉みしだいた。逃げを打つ斎藤の腰に、自分の熱を着物越しに擦り付ける。甘い刺激に後ろへと反った首に無理矢理噛り付き、食む。ひくつく喉仏に舌を這わせて、軽く吸い上げ鬱血痕を残した。この箇所だったら、隠し通す事は難しいだろう。山崎は頭のどこかで冷静にそう思いながら、しかしそれでも尚止める事はしなかった。
何故なら、今この腕に抱いているのは―
「んんっ…!」
斎藤の下肢を弄る山崎の手も、熱を擦り付ける山崎の腰の動きも、逃げなのか強請っているのかわからない斎藤の腰の揺れも、そして熱くなっていく吐息と身体も。
―本当に堪らない。
山崎は僅かに口角を上げると、斎藤の耳元で囁いた。

「本当に、愛おしく思っています」

諦めているのに、諦めきれずに『あの人』を思って濡れ、乱れる斎藤も、
斎藤に手を伸ばせば容易く手に入る事を知らない『あの人』も、
男を煽り、縋り、受け入れて喜ぶ身体を素知らぬ振りして昼を過ごす斎藤も、
そんな事を想像しては掻き消す様に視線をやる『あの人』も。

もっと深く求められたいのなら、求めてやろうと思った。
『あの人』へと向けた想いも全て、奥まで暴いてやろうと思った。
意外なところで臆病な、手を拱いている様な『あの人』がやらないのなら、自分が。

「本当に、奥まで暴いてやりたい」

見て見ぬふりを決め込んでる『あの人』の奥も、
そして、自分に抱かれながら夢を夢見る斎藤のもっと深い所も。



2011/08/14 皆川(念願の崎斎話!手に取って頂いた皆様、有難うございました!)