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WORDS

A delusion sentence.

sweet valentine no thanks.(8059)


「チョコレートくれ」

学校からの帰り、家路への分かれ道でおもむろにはっきりと山本武はそう言い放った。しかも隣を歩く銀髪の少年―獄寺隼人に、だ。ちらりと山本の方を向いた獄寺は、一つ溜息をつくと持っている紙袋を広げてみせる。
「…どれだよ?」
「うわ、それ酷ぇよ獄寺!」
紙袋の中身は技巧を凝らしたラッピングの小さな箱や包み達―チョコレートだった。本日2月14日は言わずと知れたバレンタインデーである。決して少女達の想いを受け取ろうとしなかった獄寺も机や下駄箱、挙句の果てには鞄やブレザーに押し込まれたものは捨てる訳にもいかず、こうして渋々持ち帰る事となっていた。因みに紙袋は保健室から失敬してきたものだ。
「お前のそれより酷くねぇよ」
獄寺は山本の手にぶら下がっている袋を見た。とても乱雑に仕舞い込まれているチョコレート達。許容範囲を超えた袋にぎゅうぎゅうに詰め込まれてしまっていて、リボンも包装紙も何だか切ない感じになっている。
「毎年の事なんだろ?何で学習しねーんだお前は」
「いやー何か忘れちゃうのなー」
「アホか」
「なーそれよりチョコくれよ」
獄寺の顔を覗き込む様に上体を屈めて、山本はにこりと笑う。ここで指す『チョコレート』とは獄寺からの、と言う事なのだろう。お互い友情と言う枠を少しだけ飛び出た関係である今、山本にとってはとても大事な事だった。それを多少なりとも理解していた獄寺は、しばらくそのちっとも可愛げのない顔と睨めっこしていたが、諦めた様に息をつくと、ブレザーの内ポケットに手を入れる。
「えっ!マジでくれんの!?」
まるで漫画の様なキラキラした眼をした山本が、嬉しそうな声を出した。それを見ながらにやり、と笑った獄寺は内ポケットから煙草を取り出す。おもむろに火をつけ、吸い出した獄寺に、山本は唖然とした。茶色に金模様のフィルター。いつもと違う獄寺の煙草を、不信に思ったその時。
「―!」
ふー、と顔面に吹きかけられた甘たるい煙草の煙。思わず眼を閉じた山本の口唇に瞬間、柔らかな感触が触れる。
「…ご、くでら」
眼を開けた時にはもう既に獄寺は先を歩いており、山本は獄寺の顔を見る事は出来なかったが、長い髪の毛の隙間からちらりと覗く耳が赤かったのに笑いを零す。
「獄寺、サンキューな!」
「…おう」
振り返る事無く小さく返事をした獄寺の後姿を見ながら、山本はその場で深呼吸をした。微かに香る煙の残り香―チョコレートの香り。口唇に残る不自然なチョコレートのフレーバリング。甘いだけじゃないそれを胸いっぱいに吸い込んで、山本は自宅へと駆け出した。

「(俺、副流煙で死ねるかも!)」

2008/02/14 皆川(アークロイヤルスイートは不自然に甘い/フィルター茶色だったっけ…?)