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WORDS

A delusion sentence.

RONDINE(8059←27)


カツ、と踵を鳴らして無駄に広い廊下を歩くと、すれ違う男達は皆立ち止まり、深い一礼をくれる。お世辞にも体躯がいいとは言えない小柄な身体に上質なアイボリーのスーツを纏い、その男―ボンゴレ10代目・沢田綱吉は自身の執務室へ向かっていた。胃の中は先程嫌々口にしたワインがぐるぐると渦巻いていて、気持ちが悪い。
「(これだから食事会は嫌なんだ)」
実にならないファミリーとの食事会―厳密に言うと単なる食事会ではないが―は綱吉を疲れさせる要因の一つだった。古きを重んじる事は良い事だと思う。だが、時代は流れているのだ。新しいものに見向きもせずに古いものだけに噛り付いていては先の未来は見えている。ただでさえ危うい場所に自分たちは存在しているのだ。そう言っても一向に聞く気のない老兵達はワインを楽しむだけ楽しんで帰っていく。行き場のない苛立ちと好きではない酒が、綱吉の気持ちをささくれ立たせるのはいつもの事だった。
「…?」
そんな折、彼の声を聞いたのは偶然だった。
執務室へ向かっていた足はくるり、と方向を変え、中庭へと続く廊下を進む。テラスの白い椅子にかけられた黒い上着と、その向こうに見える真っ白なワイシャツが太陽に照らされて眩しかった。
「獄寺くん」
テラスへは出ないで、その姿を見た。ワイシャツの袖を肘まで捲くり、黒い毛並みの大きな犬と楽しそうに戯れている。その笑顔がいつもの獄寺とあまりにも違って、綱吉は小さく笑いを零した。
「(獄寺くんのあんな顔久し振りに見た)」
先程まで胸に溜まっていたもやもやが、晴れていく感じがして、綱吉は眼を閉じ深く息を吐いた。気を張っているのは、頑張ってるのは、自分だけじゃない。まだ自分達が主権を握ってから少ししか経っていないけれど、色々あった。そしてこれからも沢山の出来事が待っているだろう。けれど、結局進むしかないのだ。目の前の、その先へ。そう思い、眼を開けた。

「取って来い!ロンディ!」

綱吉が眼を開けると同時に聞こえたのは獄寺の少し高めの声だった。しかも耳に心地いい懐かしい日本語で放たれた言葉に、綱吉は獄寺を呼ぶ事も出来ずにその場で立ち尽くす。黒い毛並みの犬―ロンディは尻尾を千切らんばかりに振って、遠くに投げられたボールを追いかけていった。

「(…彼が此処へ来ない事を一番最初に納得したのは君だけど、最後まで引き摺ってるのも君なんだね)」

綱吉は何も言わずに来た道を引き換えす。ボールを投げた時の綺麗な投球フォームも、黒い毛並みの犬も、その名前も、見つめる何処か淋しげな笑顔さえも、ここにいない彼を思い出させて、綱吉は溜息混じりに小さく呟いた。

「いい加減、獄寺くんから離れてくれないか――Una rondine blu.」

このままじゃ僕の大事な右腕は、お前に殺されてしまう気がするんだ。

2008/02/23 皆川(”RONDINE(ロンディネ)”はイタリア語でつばめですね/心労ばかりのボンゴレ10代目)