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WORDS

A delusion sentence.

月も星も隠れた夜に(8059)


ふいに口から零れた声は、酷く弱々しい音だった。

「…そばにいてくれ」
引き止めるなら腕を掴むなりすればいいのに、今の自分では彼―山本の袖を掴むのが精一杯だった。なんて女々しいヤツなんだろうと獄寺は我ながらに思う。自虐的に歪めた口元は笑顔を完成させる事に失敗し、思わず下を向いた。
「…ずっとなんて言わねーから」
震えた声で強がり言って、俯いたまま顔も上げれずにいるだなんて滑稽通り越して哀れだ。大体、タイミングが悪過ぎる。いや、良過ぎるのか。今まで何度も見た『覚えていない悪夢』。飛び起きた自分の身体は酷く震え、得体の知れない恐怖が苛む。何度思い返しても『覚えていない』それは、日本に来てからめっきり見なくなっていたものだった。
「今、今だけでいい」
突然来て『泊めて』なんて非常識な事を言った山本をリビングに放置し―勿論、毛布くらいは貸したが―就寝した矢先に、それは獄寺を取り込んだ。リビングでうとうとしていた山本は、寝室から聞こえた獄寺の声に驚き、寝室のドアを開けたのだ。
「落ち着くまででいいから」
微動だにしない山本に、獄寺は尚更顔を上げる事が出来なくなっていた。何も言わない、動かない山本はきっと困っているのだろうと思った。いきなり男に『そばにいてくれ』だなんて、自分だって言われたらどうしたらいいか困る。むしろ自分は拒否してしまうのではないかと思った。その時―
「…困ったな…」
呆れた様な苦笑いの様な声がして、獄寺は掴んでいた山本の袖を強く握った。当たり前の反応だ。可愛い女の子ならまだしも同じ年の男だなんて。そう思っていると、ゆっくりと袖を掴んだ手を解かれて、獄寺の手は重力に逆らう事無く下へと落ちた。
「今だけなんて言うなよな」
その声と同時に獄寺の身体は引き寄せられ、少し高めのぬくもりに包まれる。思わず顔を上げた獄寺が見たのは、溶ける程優しい目をした山本の瞳だった。

「ずっと一緒にいたいんだ」

2008/08/18 皆川(…あま〜い!じんましん出そうだ…)