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WORDS

A delusion sentence.

STRENGTH(8059) → 10000Hitお持たせテキスト


「三年待ってやる。よく考えろ」

そう言って日本からいなくなってしまった彼と再会したのは、宣言通りの三年後―高校の卒業式の日だった。久し振りに見る彼の姿は想像していたものよりもずっと磨かれて美しく見えた。声も出せずに卒業証書片手に立ち尽くす自分の前で、彼が笑う。
「アホ面は変わらないな」
「…獄寺」
幾分低くなった声音は、やけに落ち着きを孕んでいて、それが逆に不安を煽る。否応無しに感じる時間の流れ。そして圧倒的な環境の違い。彼は自分の知る獄寺だが、それでも自分の知っていた獄寺では無い。平和ボケした日本でぬくぬくと暮らした自分と、そうではないであろう獄寺。充分に理解していた事柄だった。
「山本」
しかし、彼は約束を違える事はない。だからこそ三年前に離れてから幾度も夢見た今日と言う日。どんな獄寺であろうと会えるのを心待ちにしていたこの日。実際それが現実となって、山本の気持ちは溢れる筈だった。会いたかった、とその身体を抱き締める事くらいはするであろうと思っていた。だが、山本の足は、身体は少しも動かなかった。再会の言葉すら出ずに、獄寺の視線を真っ直ぐに受ける。
「…答えを聞こうか」
そう言葉を発する彼の口唇の形まで眺めながら、小さく息を吐く。卒業証書を握ったままの掌が酷く汗ばんだ。山本は知っていた。彼がその言葉を放つ事を。何度も頭の中で想像してきた言葉だったからだ。そしてその想像は決まってそこで終わっていた。その先を想像した事は一度もなかった。何故なら―

「俺は、行かない」

自分の声が何処か他人の声に聞こえた気がして、山本は卒業証書を強く握り締めた。想像じゃない。現実なんだと自分自身に理解させる様に奥歯に力を入れた。三年かけて考えて考えた結果だった。三年前の中学の卒業式の日に、何も考えずに獄寺に付いて行こうとした山本に獄寺が用意した猶予期間。これからの生活や夢、環境全てひっくるめて三年間悩みに悩んだ結果だった。
「…わかった」
そう告げた彼は少しだけ目を伏せると、くるりと踵を返した。銀色の髪の毛が風に揺れて、煌く。
「(…獄寺)」
何も言わず自分に背を向けてゆっくり歩き始めた獄寺の少し頼り無さそうな華奢な背中。離れていく距離。巻き戻す事が出来ないその流れに、山本は声が出なかった。途端に何かやってはいけない事をした様な気持ちになり。山本は息を飲む。自分のやりたい事とは一体何だったのだろうか。夢とは何だっただろう。それは彼よりも大事な事だっただろうか。彼と歩む未来よりも望むものだっただろうか。遠ざかる背中を見ながら山本は思った。彼が、獄寺が行ってしまう。もう会えなくなってしまう。
「(獄寺獄寺獄寺)」
もし、彼が来いといってくれたなら。お前が必要なんだとでも言ってくれたのなら、自分は全てを捨てて彼の隣を歩む事が出来ただろう。尚、小さくなる背中を追いかける事も出来ずにただ眺める。今でもいい。振り返って一言そう言ってくれれば、この場でだって何もかも捨てる事が出来る。
「(……ごくでら)」
しかし、彼がそんな事を口にする訳がない。そんな都合のいい言葉を彼が告げる訳が無いのだ。有り得ない出来事を期待しても何の意味も無い。決まってしまった時間に後悔をしても尚の事だ。今からでも間に合うと言う希望は自分ではどうしようもない希望だった。結局のところ、山本は狡くて、臆病で欲張りだった。自分だけでは今の自分の世界を壊す事が出来ない。全てを捨てる事が出来ないのだ。山本は込み上げて来た熱い物をやり過ごす事が出来ずに、耐える様に強く瞼を閉じた。

「(たのむからおれを、)」

2009/07/06 皆川(山本さんは中学生で止まっちゃったって言うか何と言うかモニョ)
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 良識の範囲内で煮るなり焼くなり好きに扱って下さいませ。本当に有難うございました!!