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WORDS

A delusion sentence.

**Crime Scene Investigation 1


「(…酷いな、コレ…)」
閑静な住宅街。女性らしく整理整頓された部屋に立ち尽くす男―山本武は、眼下に広がる光景をぼんやりと見やった。まだ日も高いと言うのに、閉め切られたカーテンで薄暗い室内。自分の靴先、ほんの数センチ先は真っ赤に染まった絨毯。そして、恐らくこの部屋の住人であっただろう女がいた。しん、と静まり返った世界。自分の背後、開けたままのドアの向こうでは忙しなく動く人間と、光の明滅が微かなざわめきを立てていると言うのに。
「……」
絨毯に崩れ落ちている女はその色素の薄い瞳を見開き、山本を無言で見詰めている。かち合う瞳の開いた瞳孔に、すでに息は無い事が窺えた。そもそもこの夥しい出血では、生きている方が不思議なくらいだった。恐らく致命傷は首元にある銃創。凶器は見える範囲には見当たらない。勿論、犯人の姿も無い。そこまで思って、山本は小さく溜息をついた。殺人現場―それは山本がこの職についてから何度も見てきたものだ。しかし、何度見てもどうしようもない憤りを感じ、その度に自分の無力さに苛付いた。目の前で倒れている彼女が山本に何かを伝えたかったとしても、今の山本には何も伝わってこない。犯人の手がかりを彼女が示していても、その手がかりに気付いてやれない。彼女をこうした犯人を追う事も、逮捕する事も出来ない。ただ、こうして立ち尽くして”現場保存”と言う仕事をするだけ。小さい頃からの夢だった警察官になれたのは嬉しいし、誇りもある。だが、どうしても自分の不甲斐無さを感じてしまう。
「(…俺は、あいつとは違う)」
あいつ。それは何度か同じ現場で仕事をしたことがある男の事だった。大きなケースを片手に現場へとやって来て、山本が気付く事の出来ない―目に見えない手がかりを次々と見つけ、そして犯人逮捕へと導ける男。
「…知り合いか?」
ドアの真ん中を陣取り、立ち尽くす山本に背後から声が投げかけられる。振り返るとそこには不機嫌そうな男が一人。
「どいてくれないか。部屋に入れない」
ひょろりとした体躯にジーンズ。紺色の警察支給のベスト。腰のベルトには警察バッジが煌いている。面倒そうに顔を顰めながらサングラスを外したその男は、ケースから真っ白な手袋を取り出し、溜息をつく。
「あ、ごめん」
手袋を履きながら入れ替わる様に室内へと入った男は女を一瞥すると、首にかけていたカメラを構えた。パシャパシャとシャッターの切られる音を聞きながら、山本は一歩後ずさる。ここからは山本はこの部屋に必要の無い存在となるからだ。男の紺色の背中に真っ白く染め抜かれた「C.S.I.」の文字を見て、眉を下げる。
「(科学捜査班…)」
自分では気付く事の出来ないそれに気付く事が出来る能力を持つ人間。羨ましくも妬ましいその姿に、山本は逃げる様に視線を落とした。そして気付く。
「(…何だこれ…?)」
部屋のすぐ外、山本の足元に落ちている金属のかけら。徐にそれを拾い上げようとして、山本はしゃがみ込んだ。鈍色の小さなかけら。それに手を伸ばして―

「山本、勝手に触るな。指を圧し折るぞ」
倒れたままの彼女がそう言った様に聞こえて、山本は泣きそうになる。物言わぬ彼女の唯一の理解者である男―科学捜査班・獄寺隼人が初めて山本の名前を呼んだ日だった。


2009/10/19 皆川(加筆修正済/好き勝手やります。笑)