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WORDS

A delusion sentence.

喪失の鼓動(沖田×斎藤)


締め切った薄暗い部屋の床に投げ捨てられた、浅黄の羽織。それは、赤黒く湿り気を帯びていた。持ち上げてみると、右肩からざっくりと切られた布地に、短く引き千切られた組紐がだらりと下がる。じっとりと重たさを感じるそれは、決して返り血だけの重さではなかった。

「はじめくん」
視線だけで返事をする斎藤はいつもの黒い着流しから寝着に着替えている。その下の身体は不思議な程に真っさらだ。つい先程まで着ていたのが、沖田の手元にある無惨な羽織だとは信じ難い位に。
「…ねぇ、はじめくん」
「何だ」
着替えを終え姿勢を崩したと思ったら、ぼふりと音を立てて布団へと横になる。いつもの言葉にも些か覇気がない。斎藤は、体調が優れないのだろうと思った。着替えの最中も微かに身体が揺らいでいたのを、沖田は見逃していない。それにいくら気心が知れた仲とは言え、こうして話をしている最中―それが例え一方的なものだったとしても―に寝転がるなど、斎藤として有り得ない行動だった。
「これ、どのくらい深かったの?」
返答が返らない事を承知で問う。これ、とは勿論羽織を引き裂いた相手からの斬撃の事だ。斎藤にこれだけの傷を負わせる事が出来た相手なのだから、当然その攻撃も容赦が無かっただろうし、強烈だっただろうと思う。羽織の切れ具合から見ても、意識が飛ぶくらいの傷だった筈なのだ。身体が揺らいでいたのは急な失血による貧血なのかもしれない。例えすぐに傷が塞がっても、そんなに早く失った血液を回復する事は出来ない。人を超えた存在でも、元々は人なのだ。それでも、斎藤はこうして屯所に帰って来るし、一時寝て起きればまたいつもの斎藤一として過ごす事が出来るのだろう。それは喜ばしい事であるし、良い事だと沖田も思っている。まだ、自分の居る所へ戻ってきてくれる、戻ってくる事が出来る。でも。
「勝手に傷作らないでくれるかな…」
「…アンタには関係ないだろう」
「あるよ」
諸手を上げて素直に喜ぶ事が出来ないでいるのも、また事実だ。煮え切らない、どこか納得出来ない思いがぐるぐると渦巻く。こんな事を思うのは、療養と銘打った自堕落生活―と沖田自身は思いたい―をしているからだとも思っている。そうだと思っていた。つい、この間までは、そう思っていた。
「関係ない訳ないじゃない。本当に関係無かったら、こんな事わざわざ言ったりしないよ」
「…部屋に帰らなくていいのか」
都合が悪いのか、急に沖田の体調を心配する様な言葉を紡いだ斎藤は、それでも沖田の方を見ようとしない。話はしたくないと言わんばかりに寝返りをうつ姿に、沖田の言葉が勢い付いていく。
「傷が跡形もなく治ったからって、何事もなかった事にはならないんだよ」
「…わかっている」
「いいや、わかってないね」


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2010/07/21 皆川(労咳沖田×羅刹斎藤でどんより話です…加筆修正済:08/01)