Rebirth/Reverse(土斎企画お題「学パロ」)
恋と呼ぶには重過ぎて、愛と呼ぶには粗暴だった。
いつからだった、などと無駄な事は覚えていない。当たり前の様に傍に居た彼奴を、当たり前の様に想った。生まれながらに染み付いた狡賢いところも、一向に治る気配の無い捻くれたところも、時折見せた酷い癇癪さえも全て受け入れて笑う彼奴を、端的に言えば「いとおしい」と想っていた。ずっと傍にいるものだと、勝手にそう思えるくらいに想っていた。
今更、自分の気持ちなんて言わなくても解っているだろう、と。お前の気持ちなんざ、言わなくても解っているよ、と。
しかし、結局それは実を結ぶ事無く、呆気無い程にぷつりと切れた。
時代の大きなうねりの中で離してしまった手は、再び掴む事無く終りを迎えてしまった。
――最期に見た空の、澄んだ青さが今も脳裏に残っている。
「もう、やめましょうよ」
ぼんやりと空を眺めていた土方に、背後から声がかかった。何処か切なそうな響きを持ったそれに、ゆるりと振り向く。
「やめるって何だ」
土方の背後、開け放たれた窓からは授業中の生徒たちの声が聞こえていた。入り込む風に揺れる質素なカーテンが、ぱたぱたと音を立てる。此処は国語科準備室――古典教師・土方歳三の領域だった。そんな部屋の入り口近くから動こうともしない姿に、土方は軽く舌を打つ。
「大体お前授業どうした。サボってこんなトコ来るんじゃねぇよ」
「…わかってるはずでしょう?」
諭す様な声音で言ったそれに、咎める様な翡翠の瞳が追い討ちをかける。人をからかう事を喜びとし、常日頃から顔に軽薄な笑みを浮かべている姿とは全く違う態度に、どうやら真面目な話なのだと土方は思った。珍しいと思う。だが、いくら真面目な話だろうと、土方には聞く気はなかった。全て、予想していた事だ。
「もう、やめましょうよ。斎藤くんを、離してあげて下さい」
しっかりと意思を持った、それでいて何処か崩れそうな声を聞きながら、土方は背後の窓へと視線を投げた。
――空が、綺麗な青色だと思った。
土方がこの高校に赴任したのは、偶然という必然だった。学年主任の近藤勇、保健医の山南敬介、体育教師の永倉新八に教育実習生の原田左之助。生徒として在籍していた沖田総司に藤堂平助。全く知らない赤の他人だった彼らと過ごすうちに、甦ったのは過去の記憶。激しい頭痛のあとに弾けて見えた「今」の土方歳三では在り得ないほどの激動の日々。「今」を生きる自分に圧し掛かる「過去の記憶」は酷く重くて、苦しかった。何も持たない右手が疼く感覚。極限まで研ぎ澄まされた闘争心。自分は一体「どちら」なのか曖昧になる感覚。奇しくも同時期に甦ったそれに、皆苦しんでいる。自分を飲み込んでいく「過去の記憶」に恐怖を感じていた。
だから、せめてこれ以上曖昧にならないようにと、互いの過度の接触を避けた。あくまでも「今」を生きる自分達で在る為に。「過去の記憶」に引き摺られ無い様に、と。
「このままだと斎藤くんも"こっち"に来ちゃいますよ」
斎藤くん――斎藤一は編入生だった。高校三年の初めと言うとんでもない時期外れに編入してきた、物静かで真面目で優秀な生徒だ。ただそれだけのはずなその姿を見た時に、誰もが喜びと―絶望を感じた。とうとう出会ってしまった、と思った。
少し癖の有る髪に澄んだ青の瞳。何事にも物怖じしない度胸と、細やかな気配り。少し融通の利かないその性格も全て、皆の「知っていた」斎藤一だった。初めまして、と言った声も低く何処と無く甘くて、懐かしく響いて聞こえた気がした。
だからこそ誰もが即座に斎藤と距離を置いた。出来る限り接触しない様に。彼に、あの記憶が甦らないように、と。
「斎藤くんを苦しめたいんですか」
だが、土方だけは途中で距離を置く事をやめた。その上、距離をじわりじわりとさり気無く詰めて行き、斎藤と非常に近い場所で陣取った。今現在の二人の関係は、すでに教師と生徒と言う関係ギリギリのライン上にさえある。
「最近、鎮痛剤ばかり飲んでるのを見ます。きっと頭が痛いんだ」
原因不明の頭痛は、土方も皆も体験した。「過去の記憶」が甦る前兆だ。このままでいれば、いずれ早いうちに斎藤は「過去の記憶」が甦り、「今」と鬩ぎあって苦しむ事になるだろう。今の自分達と同じ状況になる。言い様のない恐怖と戦う毎日を過ごさなくてはならなくなるのだ。
「…お願いですから、斎藤くんを巻き込むのはやめて下さい」
「……」
言われなくても解っている、そう思ったが、それが声になる事はなかった。巻き込みたいとは思っていない、況してや苦しめたいなどとも思ってもいない。土方だって思いは同じだ。だが、解っていても自制が利かないのが事実なのだ。
土方自身、男が好きだとかそう言う事は有り得ない。それなりに遊んできたし、特に不自由もしていない。成績優秀で素行も良い生徒である斎藤に対して好感を持つのは、教師として当たり前の事だ。姿に関しても、綺麗な顔はしていると思っているが、格別好みの顔と言う訳でもなかった。しかし、視界に斎藤の姿が入ると何が何だかわからなくなる感覚に陥るのだ。どうやっても傍に置いておきたい。自分の手の内にいれてしまいたい、と思ってしまうのだ。
「今ならまだ間に合います。卒業してしまえば、僕達に接点は無くなるんですから」
共に死線を乗り越えた盟友達との接点は、今やこの学校でしかない。卒業してしまえば「今」の斎藤一に相応しい人生が、変わらずそこにあるだろう。その道を歩めばいい。訳のわからない恐怖に怯えて生きる道より、誰が見ても真っ当な道だ。
解っている。充分に、解っているのだ。
「土方さん、斎藤くんの事を想っているなら…人斬りに戻すような事しないで」
「…総司…」
それは「過去の記憶」の土方へと向けた言葉だった。思わずつられて、一度も呼んだ事のない沖田の名前を呼んだ土方に、沖田は苦笑いを零す。
「…懐かしいだけだったら、良かったんですけどね…」
微かに俯いた沖田の表情は、長い前髪に隠れてしまい、土方からは見えなかった。ただ、言い様の無い重さを持った空気が流れる。静まり返る室内。授業が終ったのか、窓の外からも声が聞こえなくなっていた。
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2010/04/03 皆川(「転生」なんて余計なのいれたから意味解らなくなった…orz)