Rebirth/Reverse(土斎企画お題「学パロ」)
「…斎藤」
そう言った自分の声は紛れも無く自分のもので、それでいて自分のものではない様な声だった。
「…先生…?」
土方を見る青色の瞳は動揺に揺れている。恐らく、何が起こっているかわかっていないのだろうと思う。当たり前の事だ。事を仕掛けた筈の土方でさえも何が起こったかわかっていないのだから。
放課後、授業で使う資料作成を手伝う名目で、土方は国語科準備室に斎藤を呼びつけた。そして共に膨大な量の資料をそれぞれ印刷し、配るクラスごとの枚数まで丁寧に数えて順に纏めた。手伝いのレベルを少し超えたそれの終わりが見えたのは、外が暗くなってからだった。
「もうこんな時間か…大体終ったから、帰っていいぞ」
「あ…じゃあこれ数えたら帰ります」
そう言って軽く笑った斎藤は手元の紙束を数え、きっちり揃えて机に置いた。規則的に並べ終えられた机の上を見て、変わらず几帳面な奴だと思った。男所帯では珍しい程の潔癖で几帳面。昔からそうだったな、と斎藤の背中を見ながら土方はそう思う。
『斎藤くんを巻き込むのはやめて下さい』
そして響くのは先日の沖田の言葉だ。巻き込むだなんて人聞きの悪い言葉だと思う。だが、自分がこうして斎藤に声をかけなければ、距離を詰めたりしなければ、斎藤が"こっち"に来る事もないだろうと解っている。
『今ならまだ間に合います。卒業してしまえば、僕達に接点は無くなるんですから』
今、ここでまた距離を置けば斎藤は恐らく解放される。「今」の斎藤一として、これからも生きていける事くらい解っている。
『斎藤くんの事を想っているなら…人斬りに戻すような事しないで』
解っている。自分の、身勝手さは充分に解っているのだ。
「先生、終わりました。俺、帰りま…すけど…」
そう言って振り返った斎藤の視線は、自分を真っ直ぐに見ていた土方の不躾な視線とぶつかった。表情が消え失せた面持ちで自分を見つめている土方に、斎藤は微かに動揺する。何かしただろうか。何か変な事言っただろうか。斎藤は土方と視線を合わせたまま、動く事が出来なかった。
「…あ、の…先生?」
「もう行くのか」
「……はい…?」
しどろもどろに返事をする斎藤の困惑はあからさまに見て取れた。だが、フォローしようにも土方は自分で何を言っているのかを、理解出来ていなかった。今までの会話の流れからは外れたその言葉に、自分自身が疑問符を飛ばしている。しかし、自分の本心とかけ離れたものではないその言葉に、土方は更に訳がわからなくなる。本心――自分の気持ちがどうなっているのかわからない。どうしたいのか、わからない。
「…顔色が悪いですよ…先生も帰った方がいいんじゃないですか?」
心配そうにそう自分を覗き込んだ斎藤の瞳に、声に、纏う空気に眩暈がする。軽くふらつく様子を見せた土方を支える様に、肩へと置かれた斎藤の手の温度を感じた瞬間、土方の耳は何かが落ちる音を、聞いた。
「…っ…!」
力任せに突き飛ばされて、斎藤の背中は後ろにあった机に倒れ込んだ。突然の事で反応出来なかったが故に、強かに打ち付けた身体は一瞬息が詰まる程だった。時間をかけて丁寧に規則的に並べた印刷物が、無機質な床へと派手に舞い散る。
「…斎藤」
驚きと痛みに揺れる斎藤の瞳を見ながら、土方はその身体へと被さった。土方の長い前髪が斎藤の頬を擽る感覚に、斎藤はその目を見開く。
「…先、生…?」
泣きそうな顔で自分を見た斎藤の顔に、土方は一抹の懐かしさと言い表せない愛おしさを感じた。ここまで来たら、今更手放すなんて出来る訳がない。もう、手放す事なんか出来ない。すでに出会ってしまったのだ。誰に何を言われようと、どんな問題があろうと離れる事は出来ない。「今」か「過去の記憶」かなんて、追求する気は無い。考えたところでわかるはずもない。
――ただ"土方歳三"は目の前の"斎藤一"が欲しいと思っている。それが事実なのだ。
「…先生っ…!」
きっちりと着込まれたブレザーの裾から手を入れ、土方が首元へと顔を埋めると斎藤は思わず大きな声を上げた。いくら何でもここまで来れば、斎藤だってこの先に何があるのかくらい理解出来たからだ。押し返す様に自分と土方の間で腕を突っ撥ねて見せても土方の身体はビクともしない上に、逆にその腕を取られ机へと押さえつけられる。力の篭ったそれに、本気を感じた斎藤は出来うる限りの抵抗をしてみせた。
「…や、めて下さい…!」
斎藤は空いている手で土方の背中を叩き、比較的自由になる足をバタつかせて身体を捻った。それでも巧みにブレザーを開き、ニットベストとワイシャツをたくし上げて無遠慮な手が斎藤の身体を這い回る。逃げを打つ身体を引き戻して抱き込み、耳元で土方が乱れた吐息を零すと斎藤は引き攣った声を上げた。
「斎藤…」
耳に、項に口唇を寄せて触れる。そして無理矢理割った足の間に、土方は自分の熱を押し付けた。服越しにそれを感じた斎藤は、同時に背筋に何かが走るのを感じた。血の気が引き、ぞわりと皮膚が粟立つ。
「…い、や……いやだ!」
はっきりと拒絶の言葉を斎藤が口にした途端、土方の動きがぴたりと止まる。ゆっくりと斎藤から身体を離した土方の表情は、準備室の蛍光灯の逆光で酷く曖昧だった。だが、少しだけ傾いたその土方の顔に斎藤は息を飲む。
「…嫌って何だ…?」
「俺の命令が聞けないのか!」
自分でも聞いた事のないほどに威圧感の有る声が出て、土方は自分でそれに驚いた。しかも、また意味のわからない言葉を発してしまっている。そんな自分自身に軽く舌を打ち、組み敷いたままの斎藤を見やると、そこには情けない程に怯えた姿があった。無理もない。いきなり押し倒されて捻じ伏せられて、まるで脅しの様な声を聞いたのだ。
「…」
それでも、そんな姿を見ても申し訳ないだとか解放してやろうだとかは思わなかった。土方は抵抗が無くなった斎藤に再び覆い被さると、慣れた手付きでその身体を弄る。ベルトにかかった土方の手が器用にそれを外しても、斎藤は力無くそこに横たわったままだった。諦めたのか、それとも身体が動かないのか、されるがままに制服のスラックスを引き摺り下ろされる。それから片足を抜かれた拍子に、履いていた上履きが間抜けな音を立てて、床へと転がった。
「…斎藤」
忙しなく、自分のベルトに手をかけるとそれを寛げた土方は、斎藤の膝裏に手を入れ、押し上げる。肉の付いていない頼りない下肢が露わにされても、斎藤は何も言わなかった。その頬に軽く口唇を落として、自身の熱をその狭間へと押し付ける。
「ひ…、ぁ!」
慣らしてもいないそこに無理矢理入り込もうとする凶暴な熱に、斎藤の喉は引き攣った悲鳴を上げた。ぎちぎちと激痛を伴い押し広げられていくそれに、首を振ってももがいても逃れる事が出来ない。斎藤は無意識に身体をずらし逃げを打ったが、すぐさま抱き寄せられ更に奥へと熱を捻じり込まれる。
「斎藤」
「…くぅ…っ!」
痛みから逃げようとする身体を、不規則に跳ねる足を腕で抱えて体重をかける。少しずつ飲み込まれていく自身の熱が、相手の熱さが堪らなく心地良かった。斎藤の下で皺だらけになった紙に赤い染みが出来ているのも厭わず、土方は身体を進める。
「…もっ、と早くに…こうすれば良かった…。お前を、抱けば良か…った」
「…っ…あァ!」
全て入り込む前に、待ちきれなかった土方の身体は律動を始める。内臓を押し上げられ抉られる感覚に斎藤は喉を曝け出し、仰け反った。遠慮の欠片も無いその動きは徐々に激しさを増して行き、斎藤の意識を霞ませる。揺さぶられながら虚ろな目で自分を見る斎藤に、土方はこれ以上ないくらいに美しく笑った。
「ああっ…!」
無理矢理に奥まで入り込み、腰を打ち付けて、跳ねる身体を抱き締めて。土方は満たされていた。あの時離した手を、今再び掴む事が出来た。やっと、やっと手に入れた。「今」と「過去の記憶」との境界線が酷くあやふやなまま、土方は想いを刻む様に斎藤の身体を貪った。
「…斎藤…」
何度目かの呼びかけに、焦点の合っていなかった瞳がゆらゆらと揺れて、そしてそれはたどたどしく土方の顔を見た。斎藤の身体の奥深くに何度も想いを注ぎ、折れるくらいにその身体を抱き締めて、そして落ち着きを見せた土方が気付いたのは彼の凄惨な状態だった。揺さぶられるがままだった身体。皮膚のあちこちに散る酷い数の鬱血痕。散々に無茶をさせた下肢からは逐情の白と、血の赤が混じり合って零れていた。途端に罪悪感が募り、土方はうろたえた。酷い事をした、と思った。
そんな斎藤の涙の膜が張った綺麗な青色の瞳が、ゆっくりと瞬いた拍子に、一粒零れた涙。それが妙に切なくて、土方は何も言えずに視線で涙を追いかけた。
何処と無い暗さと尾を引いた淫猥な空気が混ざり合う微妙な空間の中、しん、と静まる室内。
「…意外と、無粋な事をなさるのですね」
そんな折に土方の耳を打った、低く甘い声。思わず視線を合わせた土方は、目を見開いた。スッ、と目を細めて笑った斎藤のその目は奥底に飢えた様な威烈な光を湛えていて、土方の身体は総毛立った。自分は、この感覚を知っている。この目を知っている。
この目は、この光はまるで――
「お久し振りです…副長」
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2010/04/03 皆川(途中で訳がわからなくなったのは土方さんじゃなくて私だ)