<< RETURN TO MAINMENU

WORDS

A delusion sentence.

蠱惑(土斎企画2 お題「偶にはアンタが下になってみればいい」)



猪口を置く暇も与えられないまま、斎藤の着物は肌蹴られる。性急なそれに、そんなに待てないのかと些か呆れを覚えた。そうならそうと早く言うなり行動に移すなりすれば良かったのに、と斎藤は思う。変な話題―と言ったら失礼だが―で人を散々褒め貶していたから、今日は会話を楽しむ事に重きを置いているかと思っていたのに、と。
「お前はいい、な。滾る」
「…ん…っ」
耳元で囁かれ、平たい胸を熱い手で擦られて、斎藤の手から猪口が落ちる。狡いと思った。自分の声、顔、姿がどの様に人目に映るか、そして最も威力を発揮するかを土方は熟知している。こうやっていつの間にか落とされて流されていくのは、いつもの事だ。土方を目の前にして、斎藤の矜持など簡単に崩されて溶かされていく。けれど。
「…散々いい男だと褒めておいて、この扱いです、か」
体重をかけて押し倒そうとしてきた土方へと、斎藤は言葉を投げた。手を後ろで付き、上体を倒さない様に、せめてもの抵抗を見せる。
「あぁ?いい男だから滾るんじゃねえか」
「…」
独自の理論を事も無げに言う土方に、斎藤は言葉が出なかった。捻くれているとは思っていた―それを含めて土方だと思ってはいる―が、どうやらその思考を自分が理解出来る事は無いのだろうと、斎藤は改めて思う。
「結構な、ご…趣味で」
「ありがとよ。…ホラ、足開け」
上体を倒さず、崩れた正座のままな斎藤に焦れた土方が、耳を甘噛みしながら言う。吐息交じりのその声は、斎藤の芯をぶれさせるのには充分だった。思わず開きかけた足を、土方の手がゆるりとなぞる。このまま素直に身を任せれば、何も考えられなくなる様な快楽を与えられて、熱に浮かされ溺れる事が出来るのだろう。身に教え込まれた甘いそれに、斎藤は身体を震わせた。抗う意味など、理由など無い。だが、何となく、何となくこのまま流されるのは―
「ひ、じかたさん」
斎藤から口付けられて、土方は目を丸くした。しかしそれは一瞬の事で、ぬめる感触を楽しむ様に深く口付ける。盛り上がる気持ちをそのままに土方は斎藤の着物の裾から手を入れ、膝頭を意味有り気に撫でる。それに呼応する様に、斎藤も土方の着物の帯に手をかけた。しゅるり、と帯が解かれる音に、気分が更に高揚する。
「んう」
珍しく積極的な斎藤に任せるがまま、土方は体勢を崩した。後ろに肘をついて、畳へと倒れる。そんな土方を跨ぐ様にして乗り上げた斎藤の、乱れた裾から覗く太腿がやけに眩しく見えた。
「楽しませてくれるのか」
口付けの間に土方はそう囁く。露らになった腿を煽る様に触れて、その感触にまた気持ちが高まる。
「…偶にはアンタが下になってみればいい」
「ほう?」
片眉を上げて、土方は笑った。今まで身体を重ねた事は多々あるが、斎藤を上にして楽しんだ事がなかったからだ。何となくいつも組み敷いて押さえ込み、喘がせて泣かせてしまう。それが自分の歪んだ支配欲の一端である事を、土方は気付いていなかった。挑戦的とも言える言葉を口にした斎藤のその表情が、とてつもなく土方を煽っていく。早く、熱に触れたい。暴きたいと思う。
「斎藤…」
腿を撫でていた手が斎藤の肉付きの悪い臀部へと触れる。己の思うがまま、いつもの様に揉みしだこうと土方が手を動かした。その時――
「…あ?」
まるで払われる様に、土方の手は斎藤に叩き落とされた。思いもよらない事に、土方は顔を顰める。
「何だよ」
「アンタが認める”いい男”なら、文句はないだろう?」
そう言って、自分の首元へと顔を埋めてきた斎藤に、思わず土方は目を見開いた。


その後、斎藤に良い様に身体を弄られる間―その動きは土方の動きを準えていたが―土方は必死に主導権を取り返そうと足掻いた。そしてその結果、土方の”初”を奪う事も無く、斎藤は自らを解し進んで体内に土方を受け入れた。散々煽られ焦らされた分、それは一瞬気を遣る程に甘美なものだった。多少の混乱を引き摺りながらも箍が外れた土方は、斎藤の肌に痣が残るくらいに抱き、そして何度もその身体を貪った。上に下にと抱き抱かれ溺れながら、睦言を吐く余裕も無く、ただ獣の様に交わった。それは計らずも、土方が予定していたその時の様に。

何度目かの熱を解放した後、動かなくなった二人は飛び散った体液も拭う事無く、畳に身を投げた。脱ぎ散らかした着物と、乱れに乱れた呼吸。部屋に漂う淫猥な空気は、まだその場で燻っている。
「…最初からアンタを手篭めにしようなんて、思っちゃいませんでしたよ」
薄く笑ってそう言った斎藤は、息を整えながら天井を見ていた。自分を”男”として散々褒めておきながら、それを崩そうとするアンタに冷や汗の一つでもかかせてやろうかと思っただけだ、と。
「悪い”色男”に誑かされていますからね」
「…てめえ…」
その言葉に小突いてやろうかと思ったが、手を動かすのも億劫で土方は苦笑いを零す。自分が品性良好だとは決して思っていない。それは自分の性分だと思ってはいるが、それでも斎藤に余計な心労はかけない様に、と気を使ってはいる。恐らくそれも斎藤にとっては少なからず負担になっているだろうと言う自覚もあった。要するに土方はどうしようもないのだ。自分の全てを斎藤が許容する事によって、この関係は成り立つ。土方はそう思っている。
「…すまねえな…」
謝ってもどうにかなるものでもない。それは土方自身理解しているが、申し訳なく思っているもの事実だ。目を細めて言った土方に、斎藤は手を伸ばす。
「申し訳ないと思うんなら、手を離したりしないで下さいね」
土方の頬にかかった髪に触れながら、斎藤はとろりと笑いかけた。

「俺はアンタが認める”いい男”なんですから」


1

2010/07/28 皆川(何か色々とごめん…土方さんが酷い人過ぎる…ごめんなさ い)