<< RETURN TO MAINMENU

WORDS

A delusion sentence.

それは何よりも穏やかな (D.Gray-man:LY /※Death)


最後の時が近づいていた。
世界平和、なんてものには少しばかり遠いけれど、それでも僅かにそれに近づいた最後の時。自分達の役目の終わりの時。不謹慎にも終わるなんて夢にも思っていなかったもう一人の自分の終わり。腕をだらりとしたに下ろすと支えを失った槌がガランと音を立て、地に落ちる。灰と化した残骸が舞う中、ラビは溜息にも似た息を空に向かって吐いた。
 
「(エクソシストとしての自分が終わる)」
 
 
教団本部に向かう列車の中で、ラビはテーブルに頬杖をついたまま、真っ暗になった外を見た。今回も自分は一人での任務だった。千年公が既にいない今、存在する哀れな魂も数が少なくなり、兵器として存在していた時より格段に下がった強さはエクソシスト一人と数人のファインダー、それで充分に事足りるものばかりだ。記憶に新しい千年公との死闘のその場には残念ながら自分は両の足で立ってはいられなかったけれど、それでも自分の仲間が勝利を掴んだ事をボロボロの身体で聞いた時は嬉しかったものだ。終わる、漠然と感じたその感覚が晴れやかな気持ちを呼んだ。実際、現在確実に終わりに近づいている今、その気持ちがなくなった訳じゃない。だが…
「(あと何日かな…)」
もうすぐ自分は教団を去る。それは至極当たり前の事で、初めからわかっていた事だ。自分はエクソシストである前にブックマンなのだ。エクソシストである必要がなくなった以上、自分が教団にいる理由はない。現に教団に借りている部屋も心なしか片付き始めている。慣れたものだった。親しんだ地を離れる、親しんだ人達と離れるそれは今までも繰り返してきた事で、これからも繰り返していく事だ。心は置いていかない、心はいらない。師匠の口癖は幼き頃から耳にタコが出来るほど聞いているし、身に染みている。そう思っていたのに。
「(なんて言うかな…怒るかな。)」
怒る訳ないか、と小さく呟き、ラビはうんと手を天井に伸ばした。最近は時間があれば彼と離れる時の事ばかりを考えている。正直、離れ難かった。こんな事、口に出したら最後、師匠に何を言われるかわかったもんじゃない。けれど、もうなかった事になんか出来るレベルの話ではなくなっている。確実に自分は彼を想っている。それでも自分はこの熱を彼に伝える事はしなかった。今のままで心地良かった。このままでいれば別れの時だってきっとすんなりと今まで繰り返したように別れられる筈だ。恐らく彼は一言「じゃあな」とか言うんだろうと思った。もしかしたら一瞥だけくれて何も無いかもしれない。悲しそうな顔なんて絶対してくれない。それでいいと思うし、そうしてくれた方が自分にとっても都合がいい。そうは思うけれど。
「またな、くらいは欲しいかな〜…なーんて。」
有り得ない想像に苦笑いを零しながら、ラビは両手を腹の上で組み、ソファの背凭れに背を預けた。ガタン、ゴトンと規則的に揺れる振動に眠りへ誘われながらも、ラビは最後に見た彼の凛とした後姿を思い出していた。――彼が、愛しかった。


教団へ着き、最初に妙な違和感を感じたのは同行していたファインダーの一人だった。
「何かあったんですかね…?」
そう言われてラビは疎かになっていた報告の文面を頭の中で組み立てるのを中断した。そういえば話し声がしない。人の気配は確かに感じるのに、だ。訝しげに思いながら室長室へ向かう一行が談話室の前を通った時に、見慣れた白髪が見えた。アレン、と声をかけようとして異変に気付く。談話室 にはアレンの他にも何人かのエクソシスト、ファインダーがいた。それは日ごろからの当たり前の光景だったのだが。
「…」
誰一人会話をしていないどころか身動きもしない。いくら簡単過ぎる任務から帰ってきたとは言え、普通はお帰りの一言くらいはあるものだ。此処は仮にも”ホーム”と呼ばれる場所で、意識していなくても此処に住まう人々は家族みたいなものだから。
「(…何かあったな)」
どんなに鈍い人間だってこの状況を見たら誰だって気付くだろう。「何か」が自分のいない間にあったのだ。それも恐らく良くない事だ。ふいにドクリ、と高鳴った鼓動にラビは不覚にも肩を揺らせてしまった。不安に揺れるファインダーの視線を受け、ラビはばつが悪そうに眼を細める。
「…取り敢えず…」
心なしか小さな声で、ラビは言った。此処で不穏な空気を破ってまで談話室の皆に何事かと聞く勇気は正直無かった。それにこの調子だと恐らくコムイが何かしら知っているであろう。何があったか知らないが、彼に聞いた方が確実だ。どうせ報告はしに行かないといけないのだし。そう思い、ラビは談話室を後にした。
アレンの口唇が小さく言葉を紡いでいた事には気付くことなく。

2→

2008/07/16 皆川(今見ると設定違い過ぎ。でももったいないおばけが出ると困る…:07/05/07執筆)