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WORDS

A delusion sentence.

それは何よりも穏やかな (D.Gray-man:LY /※Death)


室長室に入って、ラビはコムイがいつもと変わらない態度で「お帰り」と言ってくれた事に安堵した。ハイ、と紙切れみたいな報告書を提出し、いつもの報告の為の様にソファに着席する。相変わらず書類だか紙だか資料だかわからない紙の塔がそこかしこに聳え立ち、そこから舞い落ちた紙の絨毯は踏まない様にするのを随分前に諦めた。そうでもしないとこのソファまで辿り着けないからだ。冷めた珈琲だかココアだか、それとも変色してしまっているのかわからない液体入りのマグがテーブルに5つも6つも置いてある。変わらないこの部屋。しかし。
「なぁ、みんなは?」
「ラビ」
自分の問いとコムイの呼びかけが重なった。渡した書類に眼を向けていた彼がそのままで、続ける。
「今日は、もういいよ」
「…え?」
「任務完了。お疲れ様。」
いくら何でもそれはないだろう。ラビは思う。報告書は実働隊が資料として残すものだからそれなりに詳細が書いてあるとは言え、分析・検証するには形通りの書き言葉からでは些か難解だ。実働隊の口頭説明から分析し、検証を行い、付属資料として付け加える仕事は重要だ。それに口頭説明中は彼の嫌いなデスクワークから公的に逃れられると言う大切な時間なはずだ。何だかんだと言ってその時間を延ばして、挙句の果てには雑談になり、周りの科学班の面々に睨まれてる事も知っている。
「…まぁいいさ…。」
はぁ、と軽く溜息をつき、ラビは緩く頭を振った。コムイも変だ。そしてこの部屋に彼以外いないのがもっと変だ。
「あのさ」
「ラビ」
また声が重なる。ひら、とコムイの手から離れた報告書は力なく音も無くデスクの上に落ちた。
「帰ってきてるよ」
誰が、なんて言わなくてもわかる。ラビの眼が瞬いた。数も減り、強さもそれほどでもない任務とは言え、エクソシストの数が少なくなった今は入れ替わり立ち代りに任務についているため、以前よりすれ違う時間が増えた。期間は3日とか1週間とか短期間なものばかりだが、その分休暇も少なく、回転が速い。だからこそ未だに此処を去る事を彼には伝える事が出来ていなかった。物分りの良い彼の事だ、言わなくてもわかっているのは承知の上だが、それでも言いたかった。
「さんきゅ、コムイ。」
綻ばせてしまった顔を隠しもせず、ラビは立ち上がった。説明もいらないのなら早く彼の顔を見に行きたかった。早く行かないとまた入れ違いになるかもしれない。皆がおかしいのは気になるが、彼に会ってからでも遅くは無いだろう。もしかしたら彼も原因を知っているかもしれない。そうしたら彼に聞けばいい。逸る気持ちを抑えながら、紙の絨毯を踏みしめ、辿り着いたラビがドアノブに手をかける瞬間、背後から小さな声がした。
「休んでるから…静かに、してあげて」
泣きそうな震えた声にラビは勢い良くドアを開け放った。
 
バタバタと音を立てる事も気にせず、ラビは教団の石畳の廊下を走っていた。途中、談話室の前を通ったが、中は気にしている余裕がなかった。どうして誰も何も言わないのか。先程のコムイの言葉でラビは理解してしまった。任務中は滅多な事では息が切れなかったのに、今は酷く呼吸が乱れている。ついでに何か熱いものが込み上げてきて、気を抜いたらこの場で崩れてしまいそうだった。畜生、と誰に当てる訳でもなく、口から零れる。彼が任務に出たのは2週間前。3日もあれば帰って来れる任務で、その様な予定になっていた。だが、実際のところ、彼は一度も帰ってこないまま、自分は彼の分も含めて3回任務に出ていた。無線ゴーレムで通信をしてみようかとも思ったが、以前それをした時に大変な彼の不機嫌を買ってしまった事を思い出してやめた。最初の1週間が過ぎた時にでもコムイに聞いておけば、事態は少しでも変わっていたのだろうか。否、変わらなかったからこそ、今こうして現実がある。今更悔やんでもどうにもならない事だ。そんな思いで通いなれた質素なドアの前に辿り着いたラビは少しだけ呼吸を整え、ドアノブを握った。


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2008/07/16 皆川(設定が以下略。Dグレは雰囲気が無機質な感じがする:07/05/07執筆)